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魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語を見てきました。

 前回、魔法少女まどか☆マギカ リバイバル上映「前・後編」の感想を紹介いたしました。
 今回は、その続編、「魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語」を見てきましたので、その感想です。

 この物語が面白くて面白くて、今上映している、[新編]叛逆の物語をすぐに見に行きました。
 今回は、暁美ほむらが悪魔になることで、自ら犠牲にして世の理を変えた鹿目まどかを救う、という内容でした。

 率直な感想は
「え!うそ!この終わり方はやばい」という感じでした。

 文章校正でいう起承転結でいうと、今回の内容は「転」の部分かと思われました。

 次回の放映は1年後でしょうか?ちょっと待てないです。それぐらいの終わり方でした。

 次回は必ず見ます。
 その前に、最初深夜にやっていたというDVDアニメを借りて見ようと思います。




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魔法少女まどか☆マギカ リバイバル上映「前・後編」はいい映画だ。


 いつもはワールドメイトで体験した証とか覚ったことを紹介してきましたが、今回は全然関係ない映画の感想です。

 先日、知人に勧められて、映画「魔法少女まどか☆マギカ リバイバル上映「前・後編」」を見てきました。
 少女系のアニメだったので、ちょっと恥ずかしい気もしました。

 しかし、見始めると面白く面白くて、あっという間に「前・後編」合わせて4時間が過ぎました。
 世の中に、こんなに面白い映画があるのかと思いました。

 アニメの表現も斬新で、魔女の心中の描写にも感心しました。このアニメを考えた人は天才だとも思いました。

 最後の最後、暁美ほむらが、何度時間を遡って挑戦しても、最強の魔女「ワルプルギスの夜」に勝てないと嘆き、まさに絶望する瞬間に、鹿目まどかが出て来て、世の理を変え、過去の魔女化した魂を救うシーンには感動しました。

 まさに、人として精一杯やったときに、神仏が現れすべて解決してくれる「神人合一」の道に似通っている気がしました。

 いい映画でした。一言、言わせてください、原作者の「Magica Quartet」さん、あなたは天才だ。いい映画をありがとう。

現在、続編の「魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語」も上映しているようなので、近日中に必ず見ます。




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『大救霊の証 その2』(深見東州先生のお取次ぎによる)

 9月に、深見東州先生の「大救霊」のお取次ぎが行われました。

 この「大救霊」は、ワールドメイトでは年に2回ぐらい行われます。
 私がいつも楽しみにしている、祈祷会の一つでもあります。
 今回も、受けさせて頂いたのですが、再び、大きな証がありましたので、皆様にご紹介いたします。

 前回(5月)の大救霊で、かなりすっきりしていたので、今回は大きな証は無いかもと思っていました。
「毎回受けさせているので、今回も申し込もう」ぐらいの気持ちでした。

 衛星放送で参加させていただいたのですが、深見先生のお取次ぎが始まる前ぐらいに、私はウトウトと寝てしまっていました。

 そうしている内に、前回(5月の大救霊中に)見た夢と、同じような夢を見たのです。

 学校で授業を受けている時も、
 椅子に座っているときも、
 運動しているときも、
 仕事をしているときも、

 何をするのにも、私の足を引きずろうとしている存在に、まとわりつかれ、邪魔をされているという夢を見ました。
(前回より具体的な夢でした。)

フッと目覚めたら、

 深見東州先生が、まさに救霊のお取次ぎをされていたのです。

その瞬間に私は、
「この夢の中に出てきた存在が、過去から現在までずっと、私に影響を与えていたのだと」

「5月のお取次ぎ中に見た内容とほとんど同じだ、まだ奥にいたんだ」

 と思いました。

 そして、お取次ぎ終了後、すごく体が軽くなって爽快になったのです。
 前回よりもすっきりしました。

 大丈夫だと思っていても、まだ目に見えざる影響がこんなにもあるのだと、再認識いたしました。

 これも、私の魂の奥の奥へと、段々と光が当たってきている証拠だと思いました。

 今は、昔の自分とは考えられないぐらい爽快です。

 今は、祈りの力が圧倒的に押していて、雑念妄想もほとんど湧いてきません。

 前回も書きましたが、時間が経てば経つほど、

 ワールドメイトとの縁がつながって、「神人合一」の道が学べ、また深見東州先生に「大救霊」お取次ぎをして頂けることに、感謝する次第です。

 また、証がありましたら、皆様にご紹介いたします。




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大救霊の証 (深見東州先生のお取次ぎによる)

 先日、深見東州先生の「大救霊」のお取次ぎが行われました。

 この「大救霊」は、ワールドメイトでは年に2回ぐらい行われます。

 私がいつも楽しみにしている、祈祷会の一つでもあります。
 今回も受けさせて頂いたのですが、大きな証がありましたので、皆様にご紹介いたします。


 最近、ワールドメイトで教わる『神法悟得会(入門篇)』のお祈りの方法で、神仏や他者の幸せを祈っていると、私の過去の嫌な記憶が次々と飛び出してくるようになったのです。

 神仏や他者の幸せを祈っている世界(霊界)から離れると、この嫌な記憶が潮のように(嫌がらせのように)湧き出てでてくるのです。
(以前は全くこんなことは無かったのにです。)

 以前も紹介しましたが、「因縁は想念の歪みから生じる」と真言密教初租である『龍猛菩薩』は言っているので、この嫌な記憶が出ても気にしないようにしていました。

 しかし、それでも悪想念のボリュームが大きくなっていったのです。

 500年の1度の天才と称された、白隠禅師は常に「正念工夫」をせよと言っていますので、どれだけ悪想念のボリュームが大きくなろうと、気にせずにいました。

 そんな折に、この深見東州先生のお取次ぎによる「大救霊」に参加させて頂いたのです。

 朝方に深見東州先生のお取次ぎが行われたということもあって、お取次ぎ中、私はウトウトとしておりました。
 そしたら、こんな夢を見たのでした。

 学校で授業を受けている時も、
 椅子に座っているときも、
 運動しているときも、
 仕事をしているときも、

 何をするのにも、私の足を引きずろうとしている存在に、まとわりつかれ、邪魔をされているという夢を見ました。

 フッと目覚めたら、

 深見東州先生が、生活に良くない影響を与える、崇(たた)り霊を救霊していたのです。

その瞬間に私は、
「この夢の中に出てきた存在が、過去から現在までずっと、私に影響を与えていた」 
 のだと直感しました。

私は、
「先祖のやったこととはいえ、あなたに迷惑をかけて申し訳なかった、先祖の代表として、子孫の私がお詫び申し上げます。
 と、私はお祈りをさせて頂きました。

 そして、「許す」という深見東州先生の声で、すごく体が軽くなって爽快になったのです。
 あの潮のように押し寄せていた、悪想念も全く出てこなくなりました。

 また、目に見えざる影響がこんなにもあるのだと、再認識いたしました。

 ワールドメイトに入会して、15年以上経っていますが、

「まだ奧の奥には、いろいろと潜んでいるものだ」
 と思いました。

 これも、私の魂の奥の奥へと、段々と光が当たってきている証拠かもしれません。

 今は、昔の自分とは考えられないぐらい爽快です。

 今は、祈りの力が圧倒的に押していて、雑念妄想もほとんど湧いてきません。

 時間が経てば経つほど、

 ワールドメイトとの縁がつながって、「神人合一」の道が学べ、また深見東州先生に「大救霊」お取次ぎをして頂けることに、感謝する次第です。

(ワールドメイトに入会していなければ、ハチャメチャで病的な人間になっていたはずです。)




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この世は、九次元でできている。宇宙を支配する4つのエネルギー「重力」「電磁力」「強い核力」「弱い核力」を統一する、超弦理論の登場。


 以前、ワールドメイトの深見東州先生が、この世は、9次元の世界があるようなことを、何かのご講演で、言っておられました。

 この世は、普通に考えたら3次元(時間軸を足すと4次元)しかありません。

 一般の人に、「この世は、九次元でできているのですか?」という質問をしたら、「この人は、一体何を言っているのか?」と思われることでしょう。

 しかし、トップで活躍している物理学者に、
この世は、九次元でできているのですか?」と聞くと、

物理学者:
最新の物理学理論では、そのように考えられていますね。今、大型ハドロン衝突型加速器(wikipedia)では、素粒子を光速に近い速度まで加速させることで、異次元の世界を調べているのですよ。」という回答が来ます。

加速器の実験に関しては以下の動画をご確認ください。



(素粒子の標準理論と呼ばれるものは、以下17種類だそうです)
ACTIVE GALACTIC 11次元と自然科学と拷問的日常
より引用
soryushi.gif


●素粒子と力の作用に関して

 19世紀末、最初の素粒子の発見以来、素粒子の世界の研究が進めば進むほど、物理学者は、『自然は、それがいかに複雑に見えても、その究極においては非常に単純である』という確信をますます深めたそうです。

 物質が、少数のクォーク、レプトン(上記の図を参照)からできていること、そして、それを支配しているのがたった4種類の力であることが分かりました。
 しかも、これらの力は全て力の粒子を交換することによって働くことが分かったのです。
 これは20世紀の科学の生み出した偉大な成果の一つです。


●自然界の4つのエネルギーに関して

それらの自然力の4つの力とは、
「重力」「電磁気力」「弱い力」「強い力」です。

(※この4つの力に関しては、キッズサイエンティスト(リンク)をご確認下さい。かなり分かりやすい説明です)


 そして、この4つの力は、宇宙創成のビックバン以降、以下のように、分離したと考えられているようです。

Weblio辞書より

power4.gif

 この図からも分かるように、高温の始原の状態(ビックバン)から温度が下がるに連れて、

1、最初の統一された力、「重力」が分岐。
2、次に、「強い力」が分岐。
3、最後に、「弱い力」
4、「電磁気力」の分離

 アインシュタインは、元は同じモノから派生した、「4つの力」は、一つの美しい方程式に記述できるではないかと、考えていたそうです。

 しかし、その夢は果たされることは無かったのです。


●4つの力を統合する、超弦理論。(wikipediaより)

 1970年に、南部陽一郎(2008年ノーベル物理学賞受賞者)、レオナルド・サスキンド 、ホルガー・ベック・ニールセンが独立に発表したハドロンに関する理論によって登場したものの、量子色力学にその座を譲った。
 しかし、1984年にマイケル・グリーンとジョン・シュワルツが発表した超対称性及び、カルツァ=クライン理論を取り入れた超弦理論 (superstring theory)によって、再び表舞台に現れた。
 4つの基本相互作用を統一する試みとして注目されている。


●この世の全ての素粒子は、(ひも)弦の振動である。

 超弦理論とは物質の究極の要素は「粒子」ではなく「ひも」であるというものです。

「ひも」の大きさは10^-35[m] といわれ、原子の大きさの10^-10[m]と比べてもとてつもなく小さいものです。
 現在、素粒子は多数あるそうですが、これらは1本の「ひも」で説明できるといわれています。
「ひも」が振動するとき振動数の異なる波が生じますがこの1つ1つが素粒子に対応するというのです。
 このような「ひも」が真空中に詰まっているというわけです。

 この理論の素晴らしいところは、先ほど書いた、アインシュタインも成功しなかった、「重力」「電磁気力」「弱い力」「強い力」の力も、統一して算出ができるということです。

 そして、その理論は驚くべきことを示しているのです。

 この世は、九次元(+時間軸を足すと10次元)でできている。

ということなのです。
(※超弦理論のもう一つの計算結果では、26次元であるという結果も出ているそうです。)

 この世の3次元以外の、残りの6次元は、巻き上がっていて、人間では知覚ができないそうです。

 この理論は、「万物の理論」、もしくは「エレガントな理論」とも言われているそうです。
 物理学者からは、とても美しいと賞賛されているそうです。


●この大宇宙は、弦振動がもたらす、大ハーモニー

 この説明だけでは、良くわからないので、音楽の世界で例えます。

「ラ」の音程は、440〔Hz〕です。
その上の「ミ」の音程は、660〔Hz〕です。
その下の「ミ」の音程は、330〔Hz〕です。
「シ」の音程は、495〔Hz〕です。


 このように、弦振動の振動数によって、音程が違うように、粒子の世界も、元は、一つの弦(ひも)なのですが、振動数によって、様相が変わってくるということなのです。

例えるなら、

「ド」「ミ」「ソ」の和音は、「陽子」の様相
「ド」「ファ」「ラ」の和音は、「中性子」の様相
「シ」の音程は、電子の様相
「レ」の音程は、光子の様相
「ファ♯」の音程は、重力の因子グラビトンの様相
「ソ♯」の音程は、タキオン粒子の様相

 というようなものなのです。
 ということは、この大宇宙は、エネルギー振動の大ハーモニーということなのです。

 私は、ますます、この世は、神様が作ったと、感覚の世界で感じ入りました。

 先ほども書きましたが、スイス・ジュネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている。
 大型ハドロン衝突型加速器(wikipedia)で、この理論が本当に正しいのかを、実験で調べているのです。

 これが解明・証明されたら、とてつもないことです。

 たとえば、重力の因子グラビトンである「ファ♯」の音程を、止める、もしくは違う音程にすることができれば、重力を打ち消すことができるのです。

 こんなことが、いよいよ証明されようとしているのです。

(※私の主観も入っているので、実際は違っているのかも知れません。)


●各分野のトップで活躍する人物は言うことが似通っている

 ワールドメイトの深見東州先生は、物理学者ではありません。しかしながら、9次元の世界を言及しているのは、とても驚かされます。
(このことも啓示を受けて、教えてもらったのだと思います。)

 トップで活躍している、物理学者と、深見先生の言っていることが似通っているのです。

 私は、この恐るべき先見性を備えている、深見先生の元で、学ぶことができていること感謝の念が堪えません。
 今後も、神人合一の道を、体得できるように、がんばっていきたいと、このエレガントな理論と呼ばれる、超弦理論を触れることで、感じ入りました。


 また、人の考える力は偉大であり、世界の科学技術は、日進月歩で進化しております。
 いつか、この超弦理論も、完璧に証明され、この世が9次元以上でできていることが、証明される日が来るのではないでしょうか。
 また、何百年後かには、宇宙のすべてが解明され、重力をも制御し、人類は、宇宙に飛び立つ日が来るのではないかと、私は思う次第です。




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この世は、奇跡的なバランスで成り立っている。神様が作ったとしか考えられない。(物理学の観点から)

 先日、「重力とは何か(アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る):大栗博司著」(幻冬舎新書)という書籍を読んでいて、そうだったのかと、自身を唸らせる箇所がありましたので、ご紹介いたします。

(以下p276~280より引用)
---------------------

●この宇宙はたまたま人聞に都合よくできている?

(前略)
 自然界の基本法則には、宇宙に人間=知的生命体が生まれるよう絶妙に調節されているように見えるものが少なくありません。
 その理由を「知的生命体が生まれないような宇宙には、それを観測するものもいない。
 そのように絶妙に調節されている宇宙しか観測されないのだ」と考える。
 絶妙な調節具合を「不思議だ」と考えるのではなく、むしろ「当たり前」とするのが人間原理です。

 これが間違いなく当てはまるのは、太陽と地球の距離に関してです。
 地球は太陽から1500億メートル離れています。
 これが10億メートルや10兆メートルでない理由は、明白でしょう。
 もし地球がそんな位置にあったら、人類どころか生命が誕生するような気候にはなりません。
 水が凍っても、水蒸気になっても、生命の源である海は作られない。
 ちょうどいい気候になる絶妙の距離だったから、私たちはこの惑星に生まれ、太陽との距離を測ることもできるわけです。
 しかし、仮にこの太陽系に「ちょうどいい距離」の惑星がなく、そのため人類が生まれなかったとしても、太陽系の外の、別の恒星のまわりを公転する惑星には人類のような知的生命体が生まれたかもしれません。
 実際、ここ十数年のあいだに数多くの太陽系外惑星が発見されており、最近では「ちょうどいい距離」にある、地球に似た大きさの惑星も見つかっています。
 字宙のどこかに知性を持つ「人々」がいれば、彼らによって宇宙は観測されるでしょう。

 自然界の基本法則には、少しズレるだけで生命体どころか星や銀河すら生まれなくなるものがたくさんあります。
 たとえば、陽子は正の電荷を持つので、陽子同士は反発し合います。
 しかし、電磁気力がいまより二パーセントでも弱かったとすると、核力による引力が打ち勝って、陽子同士が直接結合できるようになります。
 そんなことが起きると、太陽は核反応で爆発的に燃え尽きてしまいます。
 逆に電磁気力が強すぎると、原子の中の電子が原子核に落ち込んでしまうので、多くの原子が不安定になります。
 これでは、人間のような複雑な生命体はおろか、通常の星もできなかったでしょう。
 電磁気力は、私たちの存在のためにちょうどよい強さなのです。
 また陽子は電子の約2000倍の重さですが、この二つの素粒子の質量の比が大きすぎると、生命のもととなるDNAのような構造を作ることができません。
 逆に、質量の比が小きすぎると星が不安定になってしまいます。
(中略)
 もしこの力がもっと弱ければ、恒星や惑星などが塊になることはなかったでしょう。

 一方で重力が強すぎると、こうした星はすべてブラックホールに崩壊してしまいます。

 現在観測されている宇宙の暗黒エネルギーの大きさは、一般相対論や量子力学に自然な単位系で表すと10の120乗分の1というとても小さな値になります(それでも、宇宙全体のエネルギーの七割を占めているのですが)。
 暗黒エネルギーがこれより大きければ、宇宙の膨張速度が速くなりすぎて、銀河は生成できなかったはずです。
 逆にこれが負の値に振れると、宇宙はすぐに潰れてしまいます。

 もう一つ挙げておきましょう。
 私たちの空間は三次元ですが、これが四次元だとすると、ニュートン法則が逆二乗ではなく、逆三乗になり、そのため太陽系のような惑星系は不安定になります。
 惑星が一定の軌道を保つことができず、太陽に落ち込んでしまうのです。
 一方、空間が二次元だと、生命の豊かな構造を作るだけの余地がない。
 たとえば、地球の動物のほとんどは口から肛門につながる消化器を持っていますが、二次元の生物が消化器を持つと、体が二分されてしまいます。
 こうした基本法則を並べていくと、この宇宙があまりにも人間にとって都合よくできているように見えてきます。
 あたかも、宇宙に宇宙を観測できる存在が誕生できるように、基本法則が微調整されているかのようです。
 それを、「神様」に頼らずに説明しようとするのが、人間原理です。
 宇宙が一つしかないとすると、人間にとって都合のよい基本法則は神様の匙加減のようにも思えてきます
(後略 引用終了)
-----------------

 これを読んでいて、私は、そうなのだと唸りました。

 自然界の基本法則には、宇宙に人間=知的生命体が生まれるよう絶妙に調節されているように見えるということです。
 まとめると、

●太陽と地球の距離
 太陽からの距離が絶妙なため、地球に生命が育むための、適度な暖かさを保っている

●木星の存在
 木星が、地球に落下する小惑星の数を減少させている。
 この地球上では過去5回生命(種)は絶滅しているそうです。原因はすべて隕石の衝突だそうです。しかし、その度に進化を遂げ、最後に、哺乳類が地上を席巻きするようになったそうです。

●絶妙な電磁気力と、(陽子)核と電子の質量の比率
 この力が絶妙なため、太陽が50億年も燃え続けることができている。(今後も50億年は燃え続ける)
 生命のもととなるDNAのような構造を作ることができている。
 恒星や惑星などが塊になることができる。

(電磁気力(定数)が、強すぎても弱すぎても、このバランスが崩れるそうです。)

※電磁気力とは、「キッズサイエンティスト」よりご確認下さい。

●絶妙な重力
 重力が強すぎると、星々はブラックホールに崩壊していく。弱すぎると、星々のような塊にならない。

●絶妙な暗黒エネルギー
 宇宙全体に広がる暗黒エネルギーがこれより大きければ、宇宙の膨張速度が速くなりすぎて、銀河は生成できない。これが負の値に振れると、宇宙はすぐに潰れてしまう。

※暗黒エネルギーとは、「wikipedia」より

●三次元の世界がちょうどいい。
 空間は三次元だが、四次元だとすると、ニュートン法則が逆二乗ではなく、逆三乗になり、太陽系のような惑星系は不安定になる。
(惑星が一定の軌道を保つことができず、太陽に落ち込んでしまう。)
 空間が二次元だと、生命の豊かな構造を作るだけの余地がない。

●絶妙な宇宙の膨張速度
 ビッグバン初期の膨張速度が実際よりほんの少し速ければ、重元素(水素やヘリウム以外の元素)や銀河が形成されず、低濃度の水素ガスが希薄になるだけだった。
 膨張速度が実際よりほんの少し遅ければ、宇宙は数分の一秒以内に崩壊していた。いずれの場合にも、生命の存在余地はない。
 生命を育む宇宙を初期の特異点が作る確率は10のマイナス1230乗と試算されている。


 これらの奇跡(一つでも数値が僅かでもズレていたら、宇宙も生命も誕生していなかったそうです。)を考えると、この宇宙もしくは、私達生命は、神様が作ったとしか考えられません。

 これらの奇跡に関して、「神様のさじ加減」という言葉を使わずに説明することを、人間原理wikipedia)というそうですが、私は、「神様のさじ加減」でいいと思います。

著者の大栗博司氏は、
この宇宙があまりにも人間にとって都合よくできているように見えてきます。あたかも、宇宙に宇宙を観測できる存在が誕生できるように、基本法則が微調整されているかのようです。

 と記述されておりましたが、私は、そうだと思います。

 神様が宇宙を活用してくれる存在を作るために、調節したのだと思います。

 ずっと昔に、ワールドメイトの何かのご講演(お弟子のさんの講演)で、
神様は、この大宇宙を解明し全部活用して欲しいから、人を作った。」のようなことを言っておられました。

 ワールドメイトの植松愛子先生も、深見東州先生も物理学者ではありません。

 しかし、トップで活躍している物理学者と、両先生の言われていたことが、似通っているのです。
(どの分野でも、トップを走るもの同士は、言うことが似通ってくるのです。)

 これらを考えると、両先生の先見性の深さに、驚かされます。
(啓示を受けて、教わったのだと思います。)

 私は、この書籍を読んで、両先生のもとで、さらに神人合一の道を歩んでいきたいと、強く感じました。

 何百年後には、さらに実験や観測の精度が向上して、この大宇宙や人類は、神様が作ったとしか考えられないという、さらなる実験結果が出てくるのではないかと、私は思う次第です。


次の記事は、天才アインシュタインもできなかったという

宇宙を支配する以下4つのエネルギー
重力」重力
電磁力」電気の力と磁気の力
強い核力」陽子や中性子といった素粒子をくっつける力
弱い核力」中性子がベータ崩壊して陽子になる時に働く力

(※この4つの力の説明は、「キッズサイエンティスト」よりご確認下さい。)

 を統一して説明ができるのではないかと期待されている、「超弦理論」について、記事にしてみたいと思います。




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前から解っていた、法華経の化城の譬え

 今回は、法華経の「化城の譬え」の解説をしてみようと思います。

 実は、この法華経の「化城の譬え」は、私が法華経の七喩の中で、一番初めに理解できた「譬え話」なのです。
(※一番簡単な内容なのかも知れません。)


★法華七喩とは(wikipediaより)

※「一部抜粋」

 法華七喩(ほっけしちゆ)とは、法華経に説かれる7つのたとえ話のこと。
 また法華七譬(しちひ)ともいう。7つの物語をたとえ話として説いている。
 これは釈迦仏がたとえ話を用いてわかりやすく衆生を教化したスタイルに則しており、法華経の各品でもこの様式を用いてわかりやすく教えを説いたものである。

----(引用終了)----


★化城宝処(けじょうほうしょ、化城喩品)とは (wikipediaより)

 宝のある場所(宝処)に向かって五百由旬という遥かな遠路を旅する多くの人々がいた。

 しかし険しく厳しい道が続いたので、皆が疲れて止まった。

 そこの中に一人の導師がおり、三百由旬をすぎた処で方便力をもって幻の城を化現させ、そこで人々を休息させて疲れを癒した。

 人々がそこで満足しているのを見て、導師はこれは仮の城であることを教えて、そして再び宝処に向かって出発し、ついに人々を真の宝処に導いた。

 この物語の導師は仏で、旅をする人々は一切衆生、五百由旬の道のりは仏道修行の厳しさや困難、化城は二乗の悟り、宝処は一乗の悟りであり、仏の化導によって二乗がその悟りに満足せずに仏道修行を続けて、一乗の境界に至らしめることを説いている。

 法華経では、遥か昔の大通智勝仏が出世された時、仏法を信じられず信心を止めようと思った人々が、再び釈迦仏の時代に生まれて仏に見(まみ)え、四十余年の間、様々な教えを説いて仮の悟りを示し理解して、また修行により真の宝である一乗の教えに到達させることを表している。

----(引用終了)----


★「化城の譬え」私の解説

「ワールドメイト アンタレスの輝き」さんのブログでも、「化城の譬え」を解説してありましたが、私の解釈とほぼ同じです。

(以下が、私の解釈です。)


「宝のある場所(宝処)に向かって五百由旬という遥かな遠路を旅する多くの人々がいた。」
※ここの描写は、沙漠上を旅しているという解説が多いです。Wikipediaの解説は、砂漠を省いてあるようです。


 信仰を志す集団が、真実なる道や宝を目指して、砂漠上を、旅しています。

※「東京砂漠」という、内山田洋とクール・ファイブの1976年(昭和51年)のシングル曲がありますが、このタイトル名は、この世(無常)のことを上手く言い当てていると思います。


「しかし険しく厳しい道が続いたので、皆が疲れて止まった。」

 信仰を志す集団は、砂漠上のためもあるのか、喉も乾き、体力も使い果たし、もう動けなくなってしまったのです。


「そこの中に一人の導師がおり、三百由旬をすぎた処で方便力をもって幻の城を化現させ、そこで人々を休息させて疲れを癒した。」

 ここが、この譬え話の中でとても重要な箇所です。

 一人の導師(リーダー)が、神通力を駆使して、幻の城を化現させたのです。そして、その城に信仰集団のメンバー達を休ませたのです。

 このお城は何を意味しているかというと、現代の事象で説明すると、主に、病気平癒、進学、就職、結婚、出世、収入、悩み事の解決、などです。

 ようするに、導師(リーダー)が、神通力を駆使して、ある程度がんばって旅を続けてくれた人たち(旅人達)に、信仰上ある程度出てくる、現実的な功徳(病気平癒、進学、就職、結婚、出世、収入、悩み事の解決)を与えたのです。

※wikipediaでは、信仰上の一時的な悟りと解説してあります。


「人々がそこで満足しているのを見て、導師はこれは仮の城であることを教えて、そして再び宝処に向かって出発し、ついに人々を真の宝処に導いた。」

 人々は、旅を続けて良かったと喜んでいたのですが、この城での喜びは(この世の喜び)は、いつまでも続かなかったのです。だんだん虚しくなっていったのです。
(御魂(みたま)が、あまり喜んでいなかったのです。)

 この喜びは、仮のお城だったのです。

そう思っていた時に、

導師が、
「これは仮りのお城なんだと、さあ、本当に真実なるお城に向いましょう」

 と言って、再び旅が始まるのです。

 そして、また砂漠上(この世の事)を旅している時に、人々は疲れて切ってしまい、どうしようも無くなった時に、再び、導師が神通力を駆使して、仮の城を出現させるのです。

 これを、何回も繰り返す過程の内に、真実なる城に到着するのです。

 真実なる城とは、本当の覚りに達することだと思います。

 禅の世界で言えば、見性(けんしょう)する。ワールドメイトで言えば、神人合一の道を体得する。仏教で言えば悟るでしょうか。

「化城の譬え」はここまでしか書いていませんが、覚ったらそれでお終いではいけないのです。

「ワールドメイト アンタレスの輝き」さんのブログで紹介されておりましたが、今度は導師(リーダー)としての務めもあるかと思います。


具体的な例で言うと、

 白隠禅師は、導師(リーダー)として生涯務められ、晩年は500年に一度の天才と言われるほどの大導師になっていたのです。

 伝教大師最長も、弘法大師空海も、古(いにしえ)の高僧は、みんな導師だったのだと思います。この化城の譬えのように、定期的に功徳(くどく)を出して、信仰集団を導いていたのです。

 現代では、ワールドメイトリーダー深見東州先生もそうだと思います。


●信仰を志す者は、真実なる城を目指せ!

 信仰を志す者は、仮の城を、真の城としてはいけないのです。真実の城に到着しなければいけないのです。

 ここを間違えると、宗教に対して、間違った見解を持ってしまうのです。

 本物の城や宝は、そんな簡単には到着できないのです。沙漠上を旅するのですから、辛い時があるのも当前なのです。
 受験でも志望校に入学するには、勉強をしなければいけないのです。

 古の禅僧が、見性(けんしょう)を得るには、十数年の修行がいったと、禅語録に載っています。

 まさに、信仰というものは、どういうものかを、「化城の譬え」は解説していたのです。


●古の導師(リーダー)の苦労が伝わってくる。

 前も書きましたが、私は小学校の時に、ある仏教教団が出している法華経のコミックを読んだことがあります。
 それは、法華経の七つの譬えが、コミックで解説してあるものでした。当時、さっぱり意味が分かりませんでした。

「面白くもなんともないという感じで、コミックを閉じた記憶があります。」

 小学生で法華経を理解しろというのは少し無理ですが・・・

 そのコミックには、「化城の譬え」も描写してあったのです。

 あれから、十数年の時を経て、この比喩が理解できる時が来るとは、思いもよりませんでした。

「化城の譬え」を思い描くと、あの小学校の時の記憶が甦ってくるのは、とても不思議な感じがします。

 また、2500年も前に、お釈迦様が説いたこの「法華経」が、どの時代の信仰集団や信仰状況にも当てはまるのは、本当にスゴイと思います。

 それだけこの「譬え話」は、真実をついていて、本当の覚りというものが存在していることの証明でもあると思います。


 また、お釈迦様の当時の信仰集団も同じような状態だったはずです。

 お釈迦様が、あらゆる手段を用い、また苦労されて、衆生を済度されていたことも、私には思い浮かびます。

 お弟子の中には、誤った解釈をして、偽物だとインチキだと言って、誹謗中傷を加える人物もいたはずです。また、仮の城で良しとしてし、フェイドアウトしたお弟子もいたはずです。

 それでも、宗教的使命感というものが、お釈迦様の背中をプッシュし続けたのです。お釈迦様は入滅するまで、衆生を済度し続けたのです。(宗祖というのは本当に大変です。)

 禅僧が見性(けんしょう)すると、古の高僧の境地や苦労を、体感できると禅語録に書いてあります。

 私も、全部ではないですが、この「化城の譬え」を思い浮かべると、お釈迦様の苦労の片鱗が、伝わってくるのが、とても不思議です。


●やはり、「先天の修行」ワールドメイトで教えて頂いたからこそ、「化城の譬え」が理解できた。

 ここまで、私の解説を紹介させて頂きましたが、ワールドメイトリーダー、深見東州先生は、ご講演で、何回も白隠さんや、法華経の解説をして下さっております。

 そのおかげで、「化城の譬え」は、法華七喩の中で、一番初めに理解できていました。

 それでも、他教団にいたのでは、絶対に分からなかったはずです。
(リーダーの咀嚼力が乏しいからです。)

 ワールドメイトで、先天の修行をさせて頂いていたからこそ、私は、理解できたのだと思います。(完璧に理解できているかはわかりません。しかし、ほぼ間違いないとは思います。)

 ワールドメイトおよび深見東州先生との縁ができたことに、私は本当に感謝させて頂きます。

 他の譬え話も、解説できそうでしたら、紹介してみます。




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解かった!法華経の「良医病子の譬え(ろういびょうし、如来寿量品)」 その2

その1からの続きです。

●法華経の如来寿量品は、二乗作仏、声聞・縁覚をも救える

 なるほど、二乗作仏、声聞・縁覚は、
(自分なりの見識や感覚で、覚った思い、それ以上精進をしない人達のこと。:腹を壊して苦しんでいる子供達のこと。)
 このお釈迦様の慈悲深さに比べたら、紙屑のようなものです。

 覚りとは永遠に続くのですから、お釈迦様を見らなって、生きていても、たとえ亡くなったとしても、ずっとずっと精進をし続けなければいけなのです。まさに、法華経の如来寿量品は、二乗作仏、声聞・縁覚をも救えるのです。


●白隠はやっぱり天才だ。菩提心なければ魔道に堕つ。
(白隠は、法華経の如来寿量品より覚ったはず。)

 私は、白隠禅師のことが好きで、以前以下のように、白隠さんのことをご紹介させて頂きました。


★松蔭寺参拝記 では
http://worldmate-hope-earth.blog.so-net.ne.jp/archive/201201-1

 白隠は、42歳で、「この経に功徳なし」と、一度は捨てた法華経を、42歳で読みなおしたときに、「お釈迦様は、こんなにも慈悲が深かったのか」と悟り、滂沱の涙と共に、大悟したそうです。


★白隠はやっぱり天才だ。菩提心なければ魔道に堕つ。 では
http://worldmate-hope-earth.blog.so-net.ne.jp/2011-05-09

(「白隠禅師法語全集 第8冊」より一部引用)

 白隠27歳の時、遠州新居の龍谷寺で、たまたま「沙石集」を読んでいて、ある言葉に出会って大いに恐怖して、それまでの慢心をすっかり砕かれたのであった。

 昔、春日の大神君、笠置(かさぎ)の解脱上人に告げ玉わく、

「およそ拘留孫仏(くるそんぶつ)よりこのかた、一切の智者および高僧、菩提心無き者はことごとく魔道に堕す
と。この言葉を見て、思わず身の毛がよだったのだ。

 それ以来、「菩提心」とはいったい何かと、久しく考えて来た。お経を読んだり写経をしたりするのも菩提心のためではないか、仏さまを拝むのも菩提心であろう。

 ましてや、難行苦行をされた智者高僧方ではないか、どうして菩提心のないことがあろうか。

 それにしても「一切の智者および高僧、菩提心無き者はことごとく魔道に堕す」という神慮には、きっと深いお示しがあるに違いない、と。

 そして、42歳になった時にようやく菩提心とは四弘誓願(しぐせいがん)の実践に他ならないのだと確信したのだった。

 もし春日神君のご神慮がなかったならば、私のごときは必ず魔道に堕ちていたことであろう。ありがたや春日大神君、その本地はまさに地蔵菩薩であろう。

(白隠禅師法語全集 第8冊 の引用終了)
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 ようするに、どれだけ高い悟りを得ても、菩提心を持って、今後も修行に励まないと、魔道に落ちますよ。ということなのです。
※白隠は悟後の修行の大切さを説いております。

 前回の十牛図にありましたが、牛を捕えて自分の物とできても、そこで安住していたらいけないのですよ、そこで慢心していたら魔道に落ちますよ、ということです。

 では、菩提心とは何かと言うと、白隠は42歳の時に、四弘誓願(しぐせいがん)に違いないと喝破しました。

 白隠42歳といえば、法華経を読んで大悟した時ですから、お釈迦様に追い付いたときに、そう確信したということです。


●四弘誓願とは(wikipediaより)

 四弘誓願(しぐせいがん)とは、菩薩が仏道を求めるとき、最初に立てる四つの誓願のこと。菩薩が普遍的に追求すべきものであるとされているため、全ての菩薩の共通の誓願である。


★四弘誓願

一、衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
地上にいるあらゆる生き物をすべて救済するという誓願

二、煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)
煩悩は無量だが、すべて断つという誓願

三、法門無尽誓願智(ほうもんむじんせいがんち)
法門は無尽だが、すべて知るという誓願

四、仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
仏の道は無上だが、かならず成仏するという誓願

(wikipediaの引用終了)
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(四弘誓願に関する、私の簡単な解釈)

 悟りとは無限にあるのだから、立ち止まることなく、今後も神仏を信じ、ずっとずっと求道に励みなさいよと。
 そして、悟ったものを、自分だけの物として止めないで、ずっとずっと人に伝えていきなさいよ。

ということかと思います。

(白隠はやっぱり天才だ。菩提心なければ魔道に堕つ。の引用終了)
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●白隠は、法華経の如来寿量品を読んで大悟したに違いない。

 白隠は、法華経の如来寿量品を読んで、お釈迦様の深い慈悲心を知り、

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その1より お釈迦様の慈悲心

(お釈迦様は、永遠の存在であり、生きていれば、現実の世界で、衆生を済度しつづけ、亡くなっても、あの世から、衆生を済度して続け、再び生まれ変わってきても、衆生を済度し続けているのです。永遠に衆生を済度し続けているのです。)
--------------

 一生涯「菩提心」を持ち続けて、精進することの大切さを深く覚ったのだと私は思います。

(菩提心を持たない状態は、二乗作仏、声聞・縁覚の状態であり。お弟子達が、まさに腹を壊している状態なのです。)

 だからこそ、白隠は、84歳で入寂するまで、弟子を育て続け、自身も求道に励み精進し続けられたのでしょう。

 さすが、生涯に「大悟徹底七度八度、小悟徹底枚挙に暇なし」と言わしめた白隠禅師です。まさに500年に一度の天才です。白隠の覚りは本物です。

 改めて、私は白隠の素晴らしさを、如来寿量品から伺い知れた気がいたしました。


●人というのは、一生涯、(たとえ亡くなっても、そして生まれ変わってきても)ずっと精進し続けなればいけない。

 法華経の如来寿量品を読んでいるうちに、白隠につながっていったのは、とても意外でした。
 ですが、この解釈で、間違いないと思います。

 ですから、私も、一生涯、「久遠実成の釈迦牟尼仏」や「白隠」を見習って、この菩提心を持って、精進していきたいと心新たに、決意した次第です。

 日蓮上人の言うとおり、法華経で最も一番大切な箇所だと、私は感じ入りました。


●「先天の修行」ワールドメイト(リンク)で教えて頂いたからこそ、如来寿量品が理解できた。

 ここまで、私の解説を紹介させて頂きましたが、ワールドメイトリーダー、深見東州先生は、ご講演で、何回も白隠さんや、法華経の解説をして下さっております。

 そのおかげで、なかなか理解できなかった、如来寿量品が、心底解った気がしました。

 私の直感なのですが、この法華経の「良医病子の譬え(ろういびょうし、如来寿量品)」を、ちゃんと理解している人は、この世にある仏教教団の中には、ほとんどいないのではないかと思います。

 私自身、たぶん、他教団にいたのでは、絶対に分からなかったはずです。

 ワールドメイトで、先天の修行をさせて頂いていたからこそ、私は、理解できたのだと思います。(完璧に理解できているかはわかりません。しかし、ほぼ間違いないとは思います。)
http://worldmate-hope-earth.blog.so-net.ne.jp/archive/20110516

 ワールドメイトおよび深見東州先生との縁ができたことに、私は本当に感謝させて頂きます。




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解かった!法華経の「良医病子の譬え(ろういびょうし、如来寿量品)」 その1

 以前のブログタイトルで、「解かった!法華経の衣裏繋珠(えりけいじゅ)の喩え」というのをご紹介いたしました。


 この時、「衣裏繋珠(えりけいじゅ)の喩え」の私なりの解釈を、ご紹介させて頂きました。

 文章の最後に、「良医病子の譬え(ろういびょうし、如来寿量品)」だけ、「どうしても分からない」と締めくくっておりました。

 しかし、先日、この「良医病子の譬え(ろういびょうし、如来寿量品)」を、何ゆえか、ふっと思い浮かびました。

 そして、「あ!そうか、そういうことか。」と、解ったのです。ついに通せた気がしたのです。

「衣裏繋珠(えりけいじゅ)の喩え」が分かった時ほどの、衝撃は無かったのですが、「小躍りしてやったー!」という感じでとても嬉しかったです。


 日蓮上人が、比叡山に12年間修行して、一切経典読破した中で、法華経こそが、釈尊が説いた教えの中で、最も重要な教えで、その中の「良医病子(ろういびょうし、如来寿量品)」が特に大切だと、喝破した理由が分かりました。

 二乗作仏(にじょうさぶつ)、声聞・縁覚(しょうもん・えんがく)も、救えると日蓮上人が言った理由も分かりました。

 そして、500年に一度の天才と言われた、白隠が、42歳に法華経を読んで、大悟した、その根本も同時に分かりました。

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※二乗作仏、声聞・縁覚とは

(私なりの解釈)
 自分なりの見識や感覚で、覚った思い、それ以上精進をしない人達のこと。
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 私が解った、その内容を、今回皆様にご紹介いたします。


 前も書きましたが、私は小学校の時に、ある仏教教団が出している法華経のコミックを読んだことがあります。
 それは、法華経の七つの譬えが、コミックで解説してあるものでした。当時、さっぱり意味が分かりませんでした。

「面白くもなんともないという感じで、コミックを閉じた記憶があります。」

 小学生で法華経を理解しろというのは少し無理ですが・・・

 そのコミックには、「良医病子(ろういびょうし、如来寿量品)」も描写してあったのです。

 その内容は、以下の感じでした。


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●法華経:「良医病子の譬え(ろういびょうし、如来寿量品)」解説
(あるサイトから、参考にさせて頂いています。)

 ある所にどんな病気でも治す名医がいました。
 また、その医師には、たくさんの子供がいました。ある時、用があって、他国へ出かけました。

 その留守中に子供達は、間違って毒薬を飲んでしまい、腹を押さえて、苦しがっていました。そこへ、父(医師)が帰ってきて、その状態を見て、良く効く薬を作り、子供達へ与えたのです。

 しかしながら、子供達は、薬を飲みませんでした。それは、本心を失っている子供達には、その薬が良い薬と思えなかったのです。

 そこで、父(医師)は、何とか子供達に薬を飲まそうと、ある方法を考え、子供達に告げました。

「私は年をとって、体が弱り、あまり先が長くない。それなのに、また用があって他国へ出かけなければならないのだ。」
 と言い残し、調合した良薬を置いて、旅立って行きました。

 そして、旅先から使いをやって「父上は、お亡くなりになりました」と子供たちに、告げさせたのです。

 父が亡くなったと聞いた子供達は、大変驚き、悲しみました。そして、本心を失っている子供は、ハッと目を覚ましたのです。

 子供たちはようやく、良薬を飲み、毒による病は治ったのです。

 そうしたところに、父が旅先から帰ってきて、子供達の前に姿を表したのです。

(引用の解説ここまで)
------------------

●私の解説

 このどんな病気も治せる医者というのは、お釈迦様のことなのです。

 子供達とは、お釈迦様のお弟子のことです。


 お釈迦様は、六大神通力を駆使して、もしくは、あらゆる説法で、衆生を済度(救済)し続けているのですが、

 お釈迦様は、あまりも偉大な力を、さも当たり前のように、振る舞っていたためもあってか、

 傍にいるお弟子たちは、お釈迦様の有難さや偉大さが、いつの間にか、分からなくなっていたのです。

 弟子入りしていた当初は、お釈迦様の教えに従っていたのですが、だんだん、狎れが生じ、言うことを聞かなくなっていたのです。

 これが、毒薬を飲んで腹を壊した状態なのです。
(二乗作仏、声聞・縁覚の状態なのです。)


 お釈迦様は、これは困ったと思い、解毒剤を作ったのですが、お弟子たちは、飲もうとしません。

 そこで、お釈迦様は、このままでは、お弟子達は修行しなくなると思い(お釈迦様に頼りすぎてしまうと感じて)、一旦お隠れになる(亡くなる)ことを決意したのです。


 お弟子たちは、お釈迦様が亡くなったことで、本当のお釈迦様の慈悲の心を知って、良薬を飲むことを決意するのです。
(今まで、お釈迦様に頼りすぎていたことを反省して、自ら精進することを決意すること。)

 そして、良薬を飲み腹痛が完治したお弟子たちは、お釈迦様のありがたさを、再認識するのです。

 そうしているうちに、再び、お釈迦様が現れたのです。
(父が旅先から帰ってきて子供達の前に姿を表したのです。)

 ここには、再び、お釈迦様は生まれ変わってくるという意味もあると思います。

(私の解説ここまで)
---------------------

●お釈迦様というのは、亡くなることさえ、慈悲であり救済なのです。

 お釈迦様というのは、亡くなることさえ、慈悲であり救済なのです。

 そして、再び生まれ変わってきて、再び、衆生を済度(救済)し続けるのです。これを永遠に繰り返しているのです。

要するに


●お釈迦様は、永遠の存在であり、生きていれば、現実の世界で、衆生を済度しつづけ、亡くなっても、あの世から、衆生を済度して続け、再び生まれ変わってきても、衆生を済度し続けているのです。永遠に衆生を済度し続けているのです。

 なんて慈悲が深いのだろうかと思います。

 この存在を、「久遠実成の釈迦牟尼仏」というのです。

★久遠実成とは(wikipediaより)

 久遠実成 (くおんじつじょう) とは、法華経の教えにおいて、釈迦は35歳で悟りを開いたのではなく永遠の過去から仏(悟りを開いた者)となって輪廻転生してきているという考え方。


続きはその2へ




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ワールドメイトの星ツアーで体験した、忘れられないこと。 その2

 以前、ワールドメイトの祈祷会の「星ツアー」の体験記を、皆様にご紹介いたしました。

ワールドメイトの星ツアーで体験した、忘れられないこと。 その1

 今回は、「その2」ということで、「その1」の次に、私が印象深く心に残っている、星ツアーをご紹介いたします。

 この体験記をご紹介する前に、星ツアーの説明です。

深見東州先生著書『強運』では、星ツアーをこう解説しています。

「強運 196~204pより 一部抜粋」

★★三層構造になっていた星★★

 昔から、「占星術」といわれるものがあった。
 夜、天空に輝く星たちを眺めて自分の運命や未来を占ったのである。

 今ならさしずめ、ロマンチックな星物語程度で片づけられてしまいそうだが、古代の人々はそれこそ命がけで星を眺め、そこから不思議なパワーを感じ取っていたのだ。

 今日のように科学文明が発達していなかった当時は、純真な気持ちで太陽や月、北極星を眺め、自然の息吹きや運命、運勢といったものを敏感にキャッチして、それを生活の中で生かしていたものと思われる。

 ところが、二十世紀に入り文明が栄えてくると、占いのたぐいはほとんどが非科学的との理由で、趣味とする他は人々の心から忘れ去られようとしている。

 目に見えるものしか信じられない人々にとっては、太陽や月、北極星から神霊波動が地球に降りそそいでいるといっても、オトギ話にしか聞こえないかもしれない。

 古代の人々が心の耳を澄まして、星々からのメッセージを聞いたように、現代に生きる私たちも、キッカケさえつかめば星々の声を聞くことができるのである。

 現に、私の主催する「星ツアー」に参加していただいた方のほとんどが、星世界を霊のまなこ「奇魂」で見聞してきている。


★★星の世界を「体験」する星ツアーとは★★

 一番手っ取り早いのは、一時死んで星世界をのぞいてくることだが、誰でもそれが可能なわけではなく、神霊世界から特別に許された者だけが、星世界へトリップできる。

 過去、星世界へ自由にトリップできた者たちは、人々から「予言者」とか「神の使い」とかあがめられた人物が多い。
 ノストラダムス、スウェーデンボルグ、出口王仁三郎などがそうである。

 彼らは自由に星世界へ行って、人類の過去や未来をかい間見、それを人々に紹介したにすぎないのだが、一般の人々の目には、彼らの言葉は予言や神の声と映ったのだ。
 つまり、星世界へ行くと大運勢を受けられるばかりか、過去や未来をも知ることができるのだ。

 なんとかして、星の霊的世界を見てみたいと願っても、先ほど説明したように、許された者しか行くことができない。

 だが、一部の者だけがそうした「恩恵」に浴すというのは、なんとなく不公平である。
 誰でも運勢をよくしたいと願っているし、過去や未来も見られるものなら見てみたいと願っている。
 そこで、私は特別に神霊世界に許可をもらい、誰でも行ける無害の「星ツアー」なるものを実施している。

 これによって、普通の人でも、ノストラダムスや出口王仁三郎のように過去や未来、あるいは霊界をかい間見ることができるようになったわけだが、現在のところ、この「星ツアー」へは限られた人数の人しか参加することができない。

 というのは、星霊界へそのままの状態で行けるのは、当方へ来て、私が直接指導する方のみだからである。

(中略)
 ツアーはだいたい10人前後で出発だ。
 とはいっても、ただ椅子にリラックスした状態で腰かけ、軽く目を閉じればよい。
 手は胸の前で合わせる。
 部屋は気が散らないように、静かにそして薄暗くする。

 私が念を集中し、一人一人の奇魂を頭の中から引っぱり出す。

 いろんな雑念で頭がこり固まっている人は、奇魂が飛び出そうとしても「殻」が硬くてなかなか外へ出ない。
 そこで、私はノミやカンナ、時にはでっかいハンマーなどで、硬い殻を打ち破る。
 もちろん、実際のハンマーでやるわけではなく、神霊的に見た場合の話である。

(中略)

 すでに、これまで何百人という人々が星ツアーを体験されている。
 最初の「飛行」ではなにも見えなくても、二回、三回と回を重ねてくるとやがて、明瞭な映像が脳に浮かんでくるようになる。

(後略)引用終了


 もう少し私なりに解説をさせて頂きますと、私のブログでも何回も説明させて頂きましたように、

 人には御魂という物が存在しております。


 御魂は、一霊四魂といって、「奇魂・和魂・幸魂・荒魂」と4つが集まって1つの構造になっているのです。

 星ツアーは、深見東州先生がお取次ぎ者として、インスピレーションを司る「奇魂」を星の世界へと運んで頂き、参加者が星の霊的世界を垣間見ることができるという秘儀なのです。

※深見東州先生の解説によりますと、この星ツアーができる霊能力者は、世界で深見先生だけだそうです。そして、300年後まで、このお取次ができる人は現れないそうです。


 こんなこと本当にできるの?と感じる人もいると思うのですが、本当に見えます。

 実際、星ツアーのお取次ぎが終了したあと、参加者へのインタビューがあるのですが、参加された会員の皆様は、見えた状況を、克明に説明されます。

 その状況をお聞きになった深見先生が、タイムリーで解説をして下さるのです。

 毎回の星ツアーの度に、参加者と深見先生のやり取りが行われています。


 私も、当初は見えなかったのですが、4回目の参加で、見えるようになりました。


ワールドメイトの神徳会では、年に1~2回ほど、深見東州先生の星ツアーの神徳会があります。
※最近は行われていないかもです。


●星ツアーで体験した、忘れられない出来事「パート2」をご紹介いたします。

 あれは、2003年10月に行われた、何かのセミナーでの祈祷会の「星ツアー」のことです。

 いつものように、深見東州先生の口笛が合図で、星ツアーへと旅立ちました。


●旅立った星は、この時も北極星だったと思います。

 そのまま、秋の磐梯山のような山に、私は行ったのです。紅葉の綺麗な山でした。
 そして山頂の辺りに行きました。そこには、岩がありました。その岩の傍に、優しそうな禿げたご老人がおられました。そのご老人が私に、何かを語りかけていたのです。
 何を語っていたのかはわかりませんでした。

 そして、深見先生の声「戻ってきました」と共に、現実の世界に戻ってきたのです。あの山は何だったのだろうか、あのご老人は誰で、何を話されていたのだろうと、私は思いました。

 そして、星ツアーのお取次ぎの終了後、参加者にマイクロフォンが回って、何が見えたかを発表する機会がありました。

 ある救霊師の方に、マイクロフォンが回って、その方が、見えた内容を発表されていました。それが以下の内容でした。

「磐梯山に行きました。ゴツゴツとした岩のような所が見えました。そこに誰か仏様のような方が一人立っていました。近づこうとしても、近づけませんでした。その人は、何かをお祈りされていたようでした。」

 これを聞いた私は、のけぞるほど驚いたのです。

 私が見た内容と、ほとんど同じなのです。そして深見先生は続けて、以下のように、解説をして下さいました。

「そのご老人は、済仏(さいぶつ)さんという方ですね。禿げた中国の坊さんなんですね。北極星の主催神である、老祖様の命を受けて、いろいろメッセージを送ってくれる方です。その方が言っていたことをご紹介いたしましょう。」

-------(済仏さんの解説)-------
★済仏さんとは。

(インターネットで検索してみると以下のサイトが見つかりました。)
●永遠の生命、安心
http://blog.goo.ne.jp/syu-ho-/e/8b4a067438fd4c14626a78d76ca34a58

 済仏さんとは昔の中国のお坊さんで中国では 日本の良寛さんと一休さんを足して2で割らずに足しっぱなし位の人気者のお坊さんらしいです。一般には「チーフー」と呼ばれているようです

○かって昔の済仏訓にも
「災劫が有形に現れるときは、多くの人が驚き恐れるが、それが無形に蔵されているときは皆漠然としてうかうかしている。たとえ提起されたとしても、それが未だ現れないので半信半疑である。これを無形に化しても、更に証拠となるものがないので、これを老人のつまらぬ迷信として片付けてしまう」

◎私の意見:
済仏さんは偉い人だと、私は思いました。

 人というのは、災劫が現れると、驚き恐れるものですが、災劫を未然に予知して公言しても、人は誰も信じてくれないものだと。

 さらに、済仏さんは、災劫が現れる前に、公言しながらも災いを消してしまうのですから、人は、老人のつまらぬ迷信だと片づけてしまうのだと。
 誰も、「済仏さんの偉大さが分からない」という話だと思います。

 これを読んでいて、済仏さんは、ワールドメイトの働きによく似ていると、私は思いました。

-------(済仏さんの解説終了)-------------


●深見東州先生がお取次ぎされた、済仏さんのメッセージ
(一部抜粋 ※全部ではありません。)

------------------------------
人生はたちまちの内に過ぎ行き、
死を迎えることになる。
還暦までに一生の功(※ルビ こう)が決まり、
七十七才でその枠が最上の枠まで広がり、
九十五才で道の実りの満願となる。

おのもおのも、その発願する所小なるにより、
老祖の命を受けて来たる済佛(さいぶつ)なり。

志を高くすべし。
長寿と健康と知恵と功は、
志す所と努力と継続力によるなり。
------------------------------
(本当は、この続きもあるのですが、難しい内容ですので、省いています。)

 そうだったのです。私が見たご老人は、済仏さんという中国のお坊さんだったのです。禿げているところまで、一致していました。
 そして、済仏さんの言っていた内容まで、深見先生は解説して下さったのです。

 あの時の、自分が書いたノートを見てみると、深い言葉です。

この言葉を見直して、
 なあなあになっていた日々の生活を少し反省して、新たなる目標を設定してがんばっていきたいと、私は決意をいたしました。

 これが私が星ツアーで体験した、2番目に印象の深かったことです。今回この内容を、皆様にご紹介させて頂きました。




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